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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2152号 判決 1991年6月21日

原告

甲野花子

被告

東京都大田区

右代表者区長

西野善雄

右指定代理人

秋山松寿

外三名

主文

一  原告の別紙物件目録記載の児童館の使用差止請求を棄却する。

二  原告の東原くすのき公園の閉鎖を求める訴えを却下する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告は、別紙物件目録記載の建物を児童館として使用してはならない。

二被告は、東京都大田区田園調布本町一番地に設置した東原くすのき公園を閉鎖せよ。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件児童館」という。)の利用により生じる路上駐車及び自動車騒音等により、原告住所地周辺の環境が破壊されることを理由に、右児童館の使用の差止めを請求し、また、東京都大田区田園調布本町一番地所在の東原くすのき公園(以下「本件公園」という。)が危険であることを理由に、本件公園の閉鎖を請求した事件である。

一争いのない事実

原告は、肩書住所地にある鉄筋コンクリート三階建の共同住宅の一部に居住し、他の部分を他へ賃貸しているものであるが、原告住所地は、本件児童館とは道路一本隔てた斜向かいに位置し、原告住所地及び本件児童館所在地とも第一種住居専用地域内にある。

被告は、本件児童館については、平成二年一〇月八日に供用を開始する旨の告示をし、同月一五日、供用を開始し、本件公園については、平成元年一一月二二日、都市公園法(昭和三一年四月二〇日法律第七九号)に基づく都市公園として供用を開始した。

二争点

1  本件児童館の使用が原告にもたらす被害は受忍限度の範囲内か否か。

2  本件公園の閉鎖を求める訴えは適法といえるか。

第三争点に対する判断

一本件児童館の使用が原告にもたらす被害について

1  原告の主張

本件児童館の利用により発生する路上駐車、自動車騒音、その他児童館利用者のもたらす騒音等により、原告住所地周辺の現在の閑静な環境が破壊され、被害が回復不可能となるから、本件建物を児童館として使用してはならない。

また、本件児童館付属の公園は危険であり、また、右児童館は夜間放火される等の危険がある。

2  被告の主張

本件児童館の利用により、原告住所地周辺地域の環境破壊がもたらされることはないから、原告の請求には理由がない。

3  裁判所の判断

(一) 原告の主張する差止請求の法的根拠は必ずしも明確ではないが、これを善解すれば人格権に基づく差止請求と解されるから、右差止請求の許否ついては、本件児童館の必要性、原告住所地周辺の環境破壊の程度及び原告被告間の交渉経過等の諸事情を総合して判断し、原告の利益が侵害される程度が、社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かを基準として、その許否を決定するのが相当である。

(二) 証拠(<略>、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告の現在の被害

原告は、住所地において、夫甲野太郎、娘一人及び息子二人と共に居住している。

本件児童館周辺に、右児童館の利用者の自転車が放置されていることはあるが、大部分の自転車は本件児童館付属の駐輪場に置かれており、自動車が放置されている状況はない。

また、本件児童館を利用する子どもが右児童館から帰る時に騒音が発生することはあるが、それ以外にことさら騒音が発生することはなく、原告が本件児童館の使用により受ける被害は、右に指摘した事実以外には特にない。

現在、原告を除く近隣住民のうち、本件児童館の使用に異議を述べている者はいない。

(2) 本件児童館の必要性

被告は、まちづくりの基本理念及び目標としての将来像を定めた大田区基本構想を策定し、右基本構想に基づく大田区長期基本計画が定める児童福祉の充実という目標を具体的に実現するため、平成元年度からの三か年の実施計画を策定し、その中で平成元年度の児童館新設を四館予定し、本件児童館は、右四館のうち一館である。

従来、大田区田園調布本町を含む東調布第一小学校区(以下「本件小学校区」という。)には児童館が設置されていなかったため、本件小学校区の学童保育対象児童(平成元年四月一日現在で二七名)は、隣接する小学校区に設置されている「鵜の木児童館」(平成元年四月一日現在で一二名)、「東嶺町児童館」(平成元年四月一日現在で一三名)及び「田園調布二丁目児童館」(平成元年四月一日現在で二名)にそれぞれ入室していた。

ところが、前記の各児童館においては、学童保育児童数の増加によって、いずれも定員を越えるところとなり、本件小学校区に児童館建設を要望する陳情があったことなどから、本件小学校区における本件児童館の新設が早急に望まれ、右要望を受けて、本件児童館が開設された。

(3) 本件児童館の機能と運営

本件児童館は、児童の健全育成を図る施設として建設され、児童福祉法四〇条の規定する児童厚生施設に該当し、一階部分に遊戯室、二階部分に工作室、図書室及び学童保育室を設けている。

本件児童館は、各種行事及び各種遊戯等の活動を通じて、子ども達の友達関係の深化、社会性の習得、また、体力及び感性の向上を援助するとともに、子ども達の抱える悩みや問題解決の援助、幼児期の子育ての援助、共働き家庭の保護者が安心して働くための援助等を行っている。

(4) 本件児童館建設に伴う地域環境の改善及び安全確保のための施策等

被告は、本件児童館を建設するに当たり、周辺地域の環境の改善及び安全確保のため次のような措置をとった。

ア 児童館用地の道路に接する部分については塀を設けず、地域施設として近隣住民や利用者に親しみの持てるものにする。

イ 建築基準法や東京都建築安全条例等関連法令に基づき建物自体の安全確保を図るだけでなく、児童館用地の接する道路に新たに幅員1.5メートルの歩道及び安全柵等を設置することにより、近隣住民や利用者の通行安全の確保を図っていく。

ウ 原則として大田区においては児童館の遊戯室に冷房を設置していないが、本件児童館の遊戯室には、特別に冷房を設置し、夏期でも窓を開けずに遊べるようにし、できる限り児童の歓声等により近隣住民の生活の快適性が損なわれないようにする。また、用地内には可能な限り植栽を行い近隣住民の快適な生活に寄与し、地域環境との調和を図るようにする。

エ 来館者の自転車の路上放置により近隣住民の安全、快適な生活が損なわれないように、児童館敷地内に駐輪場(収容台数二五台ないし三〇台)を設けるとともに、日頃から路上放置しないよう注意及び指導を行っていく。なお、行事などの実施により自転車が駐輪場に収容できない場合には、必ず児童館用地内に収容するようにする。

オ 幼児と来館する母親等の保護者に対して、絶対に自動車で来館しないよう指導していくとともに、駐車禁止の表示板及び安全柵を設置し違法駐車の防止を図っていく。加えて、児童館と接する道路の違法駐車についての取締り強化を所轄警察署に申し入れる。

カ 児童館用地のうち、唯一直接に隣地と接する南側については、通風性及び快適性を確保し、快適な生活環境とプライバシー侵害の防止を図るために、児童館外壁から敷地境界線までの後退距離を三メートルとし(大田区公共施設整備指針では原則として一メートル以上となっている。)、境界に設置する塀は、目隠しとともに通気性のあるものとする。

さらに、被告は周辺の快適な環境を保持するため、本件児童館開設後その管理運営について近隣住民と話し合い、次に述べるような措置を講じている。

ア 開館日は、日曜日、国民の祝日(こどもの日を除く。)及び年末年始(一二月二八日から一月四日まで)を除いた毎日とし、原則として休日の開館をしないことにする。

イ 開館時間は、午前九時から午後五時までとし、夜間は学童保育を受けている児童の保護者を対象に開催される保護者会のために年二、三回使用する程度とする。

ウ 電波障害、日照、圧迫感、防球ネットの高さ及び塀の材質、色彩等についても近隣住民の要請に基づき一定の措置をとる。

(5) 原告、被告間の折衝経過

被告は、平成元年五月九日、本件児童館の建設に当たり、地盤調査実施についての説明を行うために原告宅を初めて訪問し、原告は、騒音及び駐輪場の設置等について意見を出し、地盤調査の実施については了解をした。

被告は、同年六月一二日、本件児童館の建設計画及びその内容の説明を行うため原告宅を訪問したが、原告は、違法駐車及び過去に原告らがした桜の木の寄付に絡む問題などを理由に本件児童館建設について強く反対し、被告は、児童館建設の説明をすることができなかった。

なお、原告を除く近隣住民は、本件児童館建設について了解した。

その後、被告は、本件児童館建設について原告の了解を得るため、同年八月までの間に六回にわたり原告宅を訪問したが、了解を得ることはできなかった。また、原告は、文書の交換により交渉を行いたい旨の希望を出し、被告は、原告から提出された陳情書及び書簡に対して、その都度文書で回答し対応したが、やはり了解を得ることはできなかった。

折衝の過程で、原告は、被告に対し多くの要望を出したが、被告は、そのうちのいくつかの要望を受け入れ、自動車による一般来館の禁止、駐輪場の整備及び違法駐車の防止等、周辺の環境を保持するための具体的措置について原告に対し文書でその内容を回答した。

原告は、交渉過程において、本件児童館建設について一貫して反対しており、被告は、結局右工事に関し原告の了解を得ることができず、原告からいつ了解を得られるかめどが立たない状況であったので、平成元年度(平成二年三月三一日まで)中に本件児童館の建設に着手しないと補助金の交付を受けることができなくなり、本件児童館の建設が不可能となるため、平成二年一月二九日、請負業者と工事請負契約を締結し、工期を同月三〇日から同年九月二六日までとして工事に着工した。

なお、被告は、同年二月二〇日、施工業者主催で本件児童館建設工事につき、工事説明会をした。

(6) 本件児童館建築工事の際の状況

本件児童館建築工事の際、違法な駐車がされ、また、工事に伴う騒音が発生するなどの事実があった。

(三)  以上によれば、本件児童館使用の必要性は高く、右児童館は高度の公共性を有すると認められ、児童館開設に至る経緯においても、被告は近隣住民に対する適切な折衝手続を踏んでおり、原告、被告間で最終的に合意に到達できなかったことは事実であるが、そのことについて被告側に著しい落ち度は見出せず、また、右児童館の工事期間中は違法駐車等がされ、その点で被告の請負業者に対する監督が必ずしも徹底しなかったことは否めないが、それも著しい落ち度があったとまではいえない。

これに対し、本件児童館の使用により原告が受けている現在の被害は、被告が周辺地域の環境破壊防止のために講じてきた措置の結果、軽微なものに止まっているのであるから、右の諸事情を総合すると、原告が精神的あるいは心理的不快感等を被ったとしても、その不利益は原告において受忍すべき限度内のものというべきである。

したがって、原告の本件児童館使用差止請求は理由がない。

なお、原告は、本件児童館使用により原告のマンション経営に損害が生じた旨主張し、また、本件児童館建築の際に建築基準法違反及び大田区中高層建築物紛争予防条例違反があったことなどを主張するが、右各主張の事実が仮にあったとしても、前記の本件児童館の高度の公共性等にかんがみると、原告の右不利益は受忍すべき限度内のものというべきである。

二本件公園の閉鎖を求める訴えの適法性について

1  被告の本案前の抗弁

原告の本件公園の閉鎖を求める訴えは、行政庁に対する義務付け訴訟であるが、このような訴えが許されるのは、行政行為をなすべきことが法律場羈束されていて、そのために行政庁の第一次的判断権を重視する必要がない場合であって、しかも事前の司法審査による救済を受けなければ回復し難い大きな損害を被り又は被る危険が切迫している緊急の必要性があり、他に適当な救済方法がないという場合に限られると解されるところ、本件公園の閉鎖は行政庁の裁量に属する行為であり、また、本件公園の存続により原告が被る損害については重大性及び緊急性が認められないから、右訴えは、義務付け訴訟が許容される要件を欠いている。

また、右訴えは、原告の具体的な権利、利益の保護救済を目的とするものではないから、特にこのような訴えを認める規定がない以上、事件性又は争訟性を欠き、不適法というべきである。

したがって、いずれにしろ、右訴えは却下されるべきである。

2  裁判所の判断

原告の本件公園の閉鎖を求める訴えは、行政庁に対するいわゆる義務付け訴訟に当たることは請求の趣旨に照らし明らかであるが、このような行政庁に対する義務付け訴訟が許されるためには、行政庁に一定の作為又は不作為を命じても、その行政庁の有する第一次的判断権を害することにはならないことが必要であり、したがって、少なくとも行政庁がその処分をすべきこと又はしてはならないことについて法律上羈束されており、自由裁量の余地が残されていないような場合であることが必要であると解される。

前示のとおり、本件公園は都市公園法(昭和三一年四月二〇日法律第七九号)に基づく都市公園として供用が開始されたものであるが、同法一六条は都市公園の保存につき、公園管理者は、都市公園の区域内において都市計画法の規定により公園及び緑地以外の施設に係る都市計画事業が施行される場合その他公益上特別の必要がある場合又は廃止される都市公園に代わるべき都市公園が設置される場合のほか、みだりに都市公園の区域の全部又は一部について都市公園を廃止してはならない旨規定しているが、本件において右のいずれの場合にも該当しないことは本件訴訟記録上明らかであるから、むしろ、被告は本件公園を閉鎖することが困難な状況にあるものというべきであり、仮に閉鎖の許される場合があるとしても、本件公園を閉鎖するか否かの判断は、被告の自由裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがって、右訴えは不適法として却下を免れない。

なお、ちなみに、前掲証拠(一3(二))によれば、本件公園で東海道新幹線等の通過により公園利用者の会話等が妨げられる時間はわずかであり、右騒音が発生する地域も公園全体の一部分に過ぎないこと、照明設備として公園周辺に街路灯が五基、公園内に園内灯が三基設置され、夜間も基準以上の明るさに常時保たれていること及びこれまで本件公園で暴行等の犯罪が発生したことはなく、周辺住民から公園の危険性について指摘をされたこともないことが認められるから、これらを総合すると、本件公園を閉鎖しなければならないほどの危険性が右公園にあるとは認められない。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官木村元昭 裁判官古谷恭一郎)

別紙<省略>

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